設立趣意

 これまで地域文化学会は、1994年以来多くの有志があい集って、完全な独立採算方式で月例のセミナー、機関誌『地域文化研究』の刊行等の、研究、学術交流活動を続けてきたが、この度これを基盤に下記の趣旨にもとづき、新たに「地域文化学会」を設立する運びとなった。

 

 さまざまな技術革新、制度改革に基盤をおく現代文明の進歩、発展は、驚異的な組織性、速度をもってわれわれの公私にわたる生活環境を変化させている。多くの発明、改革をもたらした日常生活の簡便さは明らかであるが、それが真の意味での生活の充実、向上とつながるものではない。現代世界システム、それに基盤をおくグローバリゼーションのスローガンは、些細な相違に拘泥することなく、普遍的なものを求め、それを足がかりに、多数の者の協調、協力を推進させるという意味ではそれなりの意義をもっている。しかし現在ではこのスローガンに名を借りて、当然擁護されるべき個別性、差異性までもが、改新の速度と同様に素早く周囲から奪われつつあることも、紛れのない事実であろう。

 

 多様な文化、文明が育んできた差異的なものを抹消しながら、足早に時代を駆け抜けていく現代は、いや増す簡便さの代替として、精神の安らぎ、それを保証する豊かな未来への希望を与え続けているであろうか。いつ、いかなる状況においても、よりよき未来を実現しようとする意思は持続されなければならない。しかし現在の文化的、社会的状況は、さまざまな局面において抜本的な修正が求められるほど、大きな問題を山積させている。その解決のための出発点は、普遍性の名のもとに大手を振るう画一的認識の再検討である。世界を説明し、解釈するに当たってこれまで用いられてきた原理、概念的な道具、方法論は、歴史の中でそれなりに固有の役割を果たしてきたが、いまやそれらの一々には厳密な再検討が加えられねばならないであろう。真理は一つというかけ声によって覆い隠されてきたものを再び救出し、われわれの文化、社会に豊かな表情を回復させるためには、世界全体を視野に入れながら、親密な眼差しをもってそれぞれの地域に固有なもの、そこに見いだされる固有な価値に再び深い関心を寄せる必要がある。

 

 これまで地域文化研究会が追求してきたものは、さまざまな文化、文明がたたえる差異的な特性と、その価値を意識的に再発見し、それらの多様性を基礎に、進行する画一化に対する処方箋を求めることにあった。これを学術的に果たすためには、いくつかの基本的な取り組みが必要であろう。先ず初めに、それぞれの個別的な地域の文化、社会についての、外部による、外部からの、外部のための視線が捉えるものではない、それ自体に即した観察、理解が不可欠であろう。次いでその文化、社会が歴史の流れの中で体験したさまざまな変化、その現在の地位の測定も、欠かすことができない。そしてそれらの認識を基礎として、それと同時に必要なのが、以上により与えられたものの、過去に存在し、また現在、未来にわたってもちうるであろう意義の確認、それをめぐる省察である。

 

 地域的なもの、そこに潜む差異的なものの考察を、単なるリモート・サイエンス、二次的な学とせず、現在、未来の文化、社会のありようと深く関わる知的な営みとするためには、以上に掲げたような異なった配慮が、質的にも、領域的にも交差、感応し合い、有機的に交錯される必要があるであろう。既存の共同研究活動は、おおむね同業、同種のメンバーの組織体という特徴をもち、視点、観点に広がりを欠いて、視野狭窄に流れる傾向を免れなかった。とりわけ地域研究の分野においては、この傾向が著しい。しかし幸いにしてわれわれは、いわゆる地域の文化、社会を専攻とする研究者と同時に、自然科学、技術を初め多様な専門領域に携わる研究者、ならびに官界や、実業界の出身者等多様な経験、眼差しをもつメンバーを擁する、真の意味での学際的な研究の可能性を大きく秘めた集団である。専門の地域研究者に関していえば、その目的とするところは、単に既知のものとなって久しい種々の事柄を比較、検討するのではなく、それぞれの専門領域において未知の諸特質を発見し、それに基づいて新たな比較の視点、視座を開拓するといった、現代において肝要なバラダイム転換の責務が課されている。またそれ以外の多彩なメンバーの眼差しは、拡散し、脱領域化していく地域の諸問題を、さまざまな観点から広角的に意識化する試みにとって、欠かすことのできない要素である。

 

 異質な視点をもつ研究者たちの、固有な地域の、または異なった領域についての関心は、それが特定の問題をめぐって融合、総合されることにより、当然新たな視覚を提供せずにはいない。問題それ自体が統合化、多角化されている現在の状況において、差異的な主題について、差異的な関心を注ぐ研究者の側にも、それに対応する総合的で、学際的な研鑚が求められているのである。地球上で多くの生物が絶滅の危機に喘ぎつつあるのと同様、さまざまな地域に存在する人間の、差異性溢れる文化的アイデンティティーが侵されつつある現在、多様なメンバー間には問題解決の企てのための、あらゆる種類の研究協力の組合せが可能である。特定の主題に関して異質で多様な眼差し、問題解決が捉えるものは、当然のことながら現代が抱えるさまざまな難題に、最も有効な解決策を提示しないではいないであろう。

 

 さまざまな文化、社会に関する研究のためには、これまで日本にも多くの学会が設立され、貴重な学問的成果が上げられている。ただしこれまでの研究成果は、在来の知的状況を反映して、既存の価値観、方法論に大きく依存し過ぎる嫌いがない訳ではなかった。われわれは、あらゆる地域の特性により深く関わりながら、これまでともすればすくい残されてきた差異的なものを積極的に拾い上げ、地域の特性についての認識の深化に基づく新しい比較、および問題の普遍化の可能性を探る積もりである。われわれを毒してきた観念的普遍化、同一律の過剰な支配から脱し、それぞれの地域に客観的、具体的に存在する個性を、より肯定的に汲みとりながら求められる普遍化の試み。このような試みこそ、異文化、異領域の研究を志すわれわれの差異的な関心が、共通して求めるものである。新学会成立の曉には、参加者の知的資質、関心に応じて各種の共同研究を組織化し、さまざまな研究協力体制を組織するかたわら、積極的に研究成果の発表を行っていく心算である。以上のような学会設立の意図に賛同される方々の、積極的な参加、協力をお願いする次第である。

 

眞田芳憲

加藤淳平

黒田壽郎